Ogihara Ryo

ネットワークビジネスの勧誘過程で人生が変わった話

Sunday, 09 23, 2018 13:40:46

概要

私の人生の転機は、ネットワークビジネスの勧誘を受けたことによって訪れた。ネットワークビジネスとは、雑に説明すると商品の購入者を販売員(distributor)として起用することで、多階層の販売員組織を形成していくものだ。自分が起用した販売員や、その販売員が起用した販売員の売上の一部が自分の売上として計上されるモデルで、一般的には「マルチ商法」とか「MLM(Multi-level marketing)」とか呼ばれており、多くの人は詐欺やネズミ講やマルチまがい商法を連想するかもしれない。

結論を言うと、このビジネスの勧誘を受けている過程で「自分の能力を高めれば人生は楽になる」という考え方を教わったことにより、ソフトウェアエンジニアとして比較的楽な人生を手に入れることができた、という話を長々と書く。ちなみに私はネットワークビジネスに興味は抱いたが、自分が関わる側としては一切の魅力を感じておらず、あなたに何かを売りつけようとはしないので安心してほしい。

勧誘を受ける以前の私

今から9年前、私は高卒で就職したので18歳からソフトウェアエンジニアとしてデビューした。通信機器メーカーの工場の開発部門でシステム開発や要素技術開発を行なっていたのだが、今から考えると凄まじい労働環境だった。日付超えの残業や休日出勤が常態化している上に残業代は出ず、開発部門も作業服を着る必要があり、労働時間が長いだけで技術力がほとんど身に付かない環境だった。しかし、何故か逃げ出そうとは思わなかったし、労働基準法を平気で違反しまくる反社会的な企業に加担している自覚なんて微塵もなかった。むしろ劣悪な労働環境で立派に勤め上げている自分を誇らしく思っていた時期すらある。長時間労働が常態化すると正常な判断力が失われるのだ。(私が残業をしない、させない理由がこの経験によるものだ)

そんな環境で働いていても「優秀な技術者でありたい」という漠然とした想いはあった。3時帰宅で8時始業であっても帰宅後必ず1時間は業務に関する勉強をしていたし、1日3時間寝れば多い方だったが当時はそれが当たり前だった。周りと比べて「頑張っている」という自負があったため、「優秀な技術者でなければおかしい」というバイアスがかかっていたのかもしれない。実際、当時の会社内の尺度では異様なスピードで成長していたと思うし、何をしても褒められた。そうして謎の自尊心を高め続けた私は、ただ漠然と「もっと優秀になりたい」という想いも高めていった。ブラック自慢のような話が続いてしまったが、この勘違いを全てぶち壊してくれる出会いについて書く記事なのでご容赦頂きたい。

出会い

当時はまだ mixi がギリギリ流行っていて、私は二度と思い出したくないような恥ずかしい典型的な意識高い系のビジネス論を友人が見ている日記に書き続けていた。「ハードワークは自分を高めてくれる。だがこのままではダメだ。もっと成長しないと。」みたいなやつだ。今書いていて鳥肌が立った。そんな日記から目をつけられたのか、謎の人物(以下Sさん)から「少し直接会ってお話しませんか?」といったメッセージが送られてきた。もう mixi のログイン情報は思い出せないし、二度とログインしたくないので詳細は思い出せないが、とにかく突然「会おう」と言われたのだ。当時、成長に飢えていた私は外部の人とコミュニケーションを取って見識を高めるのは良い機会だと思った。(実際、今思うと良い機会だった)

博多駅近くのドトールで待ち合わせをして、Sさんとの初対面だ。Sさんは、今私が抱えている仕事上の悩みや、成長に対する想い等を聞いてくれて、私が何か話す度に的確なアドバイスをくれた。Sさんは元ソフトウェアエンジニアとのことで、確かに技術的な話が通じる人だった。全ての話を優しく聞いてくれて、様々なアドバイスをくれたSさんだったが、最後に厳しめに「君は自分で思っているほど伸びてはいないし、その企業にいる限り成長はない。そのまま30代になったら必ず後悔する。自分の高め方を見直した方が良い。」と切り出してきた。正直「そんなバカな」とは思ったが、Sさんは「近くの書店に"大富豪ユダヤ人の何とかかんとか(忘れた)"という本と"金持ち父さんの何とかかんとか(忘れた)"という本があるので、騙されたと思ってそれをまず買って読んでみるように私に促した。

当時、技術書以外の本を読む機会もなかった私は慣れない思いで2冊の本を読んだが、馬鹿すぎた私は正直何も得るものがなかった。大富豪ユダヤ人の何とかかんとかは成功例がイレギュラーすぎてぶっ飛んだ話に思えたし、金持ち父さんの何とかかんとかはビジネスの話が延々と続いていて理解もできず流し読みで終わった。その旨をSさんに報告すると「それで大丈夫、もう一度話をしようか」と言ってくれた。

自己啓発にハマる

博多駅近くのカフェでSさんに再会すると、上記2冊の本で大事な部分だけを分かりやすく教えてくれた。その日の最後に「次はこれを観てみて」と2枚のDVDをプレゼントしてくれた。やる気のスイッチ!という自己啓発書の付録のDVDと、人生のプロジェクトという同じく自己啓発書の付録DVDだ。どちらも山崎たくみという方がプレゼンテーション形式で自己啓発のメソッドについて語るもので、内容は勿論、トークの上手さにも大きく惹かれた。特に前者の一枚との出会いは、私の思考を大きく変え、その後の人生に少なからず影響を与えた1枚だった。(リンクは貼ったがオススメはしない。)

そこからは自己啓発にハマった。Sさんと会わなくなってからも自己啓発病は続き、自己啓発書やビジネス書を1000冊以上は読んだし、それらの知識から自己啓発についてまとめたwebサイトを立ち上げたりもした。自己啓発書そのものから得る知識は勿論だが、読了後の謎のモチベーション向上が気持ち良かった。

思想が変わる

自己啓発にハマったことと、Sさんと何度か会って話を聞き続けたことにより、自社に5年間も閉じこもっていたことにより蓄積されていた悪しき思想が消えた。毎日日付を超えるまで残業して大半の休日を返上するようなハードワークによって得ていた自尊心は徐々に崩れ去っていった。上述のように「君は自分で思っているほど伸びてはいないし、その企業にいる限り成長はない。そのまま30代になったら必ず後悔する。自分の高め方を見直した方が良い。」と言われたのも頷けるようになっていった。

たった1つの会社のために自分の人生を捧げ続けることにより、いかに視野が狭くなるか、自らの市場価値が不明瞭になるかを思い知って激しく後悔した。同時に自社の技術力の低さがようやく見えてきた。バージョン管理は手動でフォルダをコピーして番号を付ける方式だったし、テストは全て手動だった。今やれば1,2週間で終わるようなソフトウェア開発に半年かけていた。そのことに対して焦りを感じなかったのは、残業や休日出勤や目先の技術の学習ばかりで外に目を向ける余裕がなかったためだ。この経験から、自社の業務で手一杯になると自らの市場価値が分からなくなることを学び、「労働時間は長ければ長いほど優秀になれる」という思想から「労働時間は短ければ短いほど優秀になれる」という思想に変わっていった。勿論、当時勤めていた会社も辞めた。

Sさんは私に何度も時間の大切さについて説いてくれた。また「会社の看板がなくても自分で稼げるスキルを身に付けなさい」と説いてくれた。会社なんていつ潰れるかも分からないし、辞めたくなるかも分からない。それが30代、40代になって起こったとしても何の問題も感じない状態を今のうちに作っておくように勧められた。そして、その手段としてネットワークビジネスを勧められて、ここから正式に勧誘を受ける訳だが本記事で書きたかったのはここまでだ。自社しか見えていないことのリスクと、会社の看板がなくても稼げるスキルの大切さを教わった思い出を振り返りたかった。この経験は、私のキャリアに大きな影響を与えたし、技術力が大幅に上がった要因となったのだ。書きたかったエピソードは終わってしまったが、ネットワークビジネスの勧誘がどのようなものだったかも書いておこう。

ネットワークビジネスの勧誘

私が「自分で稼ぐ術を身に付けなきゃ!」と強く思い出したのを機に、Sさんからセミナーへの参加を勧められた。その時、私は単なる自己啓発セミナーとしか思っていなかった。

セミナー会場に訪れるとSさんが出迎えてくれた。一緒に、いかにも高級そうなスーツやアクセサリーを身に纏った青年達や、とても綺麗な女性達が MacBook Air を開いてSさんとよく分からないビジネスの話を繰り広げていた。まるで異世界に来たような感覚で "The 成功者" といった佇まいの彼らに憧れを感じた。どうやら、Sさんとこの方々は今日の登壇者らしい。

Sさんに勧められて会場に入ると、私の他に20人弱の受講者が着席していた。後から知るのだが、うち数人はサクラ(登壇者の話に大げさに相槌を打ったり、ジョークに大袈裟に笑ったりする人)、数人は登壇者達の弟子、数人は前回のセミナーで感銘を受けて再び受講しており、残りの数人が私と同じ新規受講者とのことだった。

まず最初に、今日は NU SKIN という化粧品や栄養補助食品の開発や販売を行なっている企業の紹介セミナーだということを教えられた。セミナーが始まるまで何も知らされなかったのは「NU SKIN」でググると詐欺やマルチまがい商法について真っ先にヒットしてしまうためだと思う。一次情報で正しいマルチレベルマーケティングを伝えたかったのだろう。セミナーの冒頭はネットワークビジネスの概要についてだった。マルチまがい商法と正当なマルチレベルマーケティングの違いや、NU SKIN のネットワークビジネスが違法でないことを丁寧に説明してくれた。実際、特に違法性は感じなかったし、ビジネスモデルそのものは面白いとまで感じた。ただ、私はソフトウェアエンジニアを続けたかったし、品物を販売する仕事に微塵も興味がなかったので、最初からネットワークビジネスに手を出す気は全くなかった。後述するが、このため私はこのセミナーを会場の誰よりも冷めた目で見ていたと思う。

ビジネスの説明の後は、ブルーダイヤモンドエグゼクティブみたいな肩書きの、とにかく売上が高くて優秀らしい若作りなおじさまが現れて、自らの裕福で幸福な人生について淡々と話していた。とにかくプレゼンテーション能力が高かったことだけ覚えている。トークの緩急の付け方や身振り手振りの使い方について生で学ぶ良い機会だった。私は自立に憧れていただけで、大富豪になりたかった訳ではなかったので、話している内容についてはあまり聞いていなかった。おじさまの話が終わると、Sさんを含めた上述の登壇者達がそれぞれ挨拶をしていた。彼らもダイヤモンドエグゼクティブみたいな肩書きを持っていて売上がトップクラスに高い優秀な成功者の集まりとのことだった。彼らは「ネットワークビジネスがいかに自分の人生を変えたか」というエピソードについて語っていた。

最後はムービー鑑賞だった。この時間は強烈で、真っ暗な部屋で不気味な音楽を聴きながら、先ほどのおじさまやその他のエグゼクティブの皆様が、旅行中に大枚叩いて豪遊しているスライドショーを淡々と見せ付けられた。私は「こんなもの見て "私も頑張ろう!" なんて思う人いるのか?」なんて思っていたのだが、ムービーが終わって部屋が明るくなると、何故か泣いている人がいた。僕は冷めた目で観ていたから何も感じなかったが、もしかするとかかる人にはかかる洗脳系のムービーだったのかもしれない。私はここで「あ、これは関わったらダメなやつだ」と今更思った。セミナーが終了して会場を出ると、私と同じ初回受講者の方々がセミナーの感想で盛り上がっていた。私は最後のムービーで完全に冷え切っていたので、熱くなっている彼らと対峙して若干の恐怖すら覚えた。

その後も何度かSさんは私と会ってくれた。セミナーは正直全然面白くなかった訳だが、Sさんと話をするのが最高に充実した時間であることに変わりはなかった。Sさんはそれほどに人を惹きつける話し方が上手かったし、ネットワークビジネスに興味のない私に対して冷たい態度を取ったりはしなかった。一度だけ「販売員として NU SKIN に登録するにあたってスタートダッシュを切るためにまず自分で10万円ぐらいの商品を買うと良い」みたいな勧められ方はしたが、一度断ったら食い下がってくることもなかった。ある日を境にSさんからの連絡は途絶えたのでそれっきりの縁だが、Sさんが何故全く金にならない私にここまで懇意に接してくれたのか未だにさっぱり分からない。ただ、Sさんとの出会いは私の人生の転機になったことは間違いなく、Sさんには本当に感謝している。

まとめ

ネットワークビジネスを始める前のマインド教育を受けたことにより、時間の大切さ、自社の仕事に手一杯のうちは市場が見えないこと、会社の看板を失っても自分で稼げるスキルの重要性を学んだ。この経験により、ハードワーク至上主義の悪しき思想を捨て去ることができ、今全ての仕事を失ったとしても食べていける自信と安心感は身に付けることができた。まだ書いている途中だが、私的仕事の流儀について書いた前記事の根拠の多くもこの経験から得たものだ。恐らく、この教育はサイドビジネスの必要性を説くものであったが、私のソフトウェアエンジニアとしてのキャリアに多大な影響を与える機会となった。この出来事は人生のターニングポイントの1つとして忘れることはないだろう。

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